MEGACYON

May 10 2012

 小説家になりたいという人が、ほぼ必ずぶつかる壁の一つに『頭の中に大傑作として存在しているストーリーを実際に書くと、どういうわけかつまらなくなる問題』というのがある。これは、『頭の中に大傑作として存在しているストーリーを友達に話すと反応が妙に薄く、やる気を失う問題』と根は同じである。

 小説家志望にとってこの問題がやっかいなのは、こじらせると、

  1. 文字にするとつまらなくなるので書かなくなる(現実逃避)
  2. プロの小説家を尊敬できない(自分の頭の中のイメージ>プロの小説 だから)
  3. 尊敬できないプロが世間では自分より認められるので、つい俺の方が凄いと言ってしまうが、書いていないので認められない(孤立化)
  4. 自分の世界に籠もる(更なる現実逃避)
  5. 尊敬できない作家がもてはやされている世の中は間違っていると思うので、クーデターや世界の滅亡を願う(チャラになれば、今度は自分が注目されるのではという願望)
  6. そんなことを願っているうちに、どうにもならない年齢になる

 といった感じで、いわゆる“負のスパイラル”に陥りやすいことだ。私もこのスパイラルにはまったことのある一人だ。

 このスパイラルから脱出する方法はいくつかあると思うが、手っ取り早いのは、頭の中の大傑作を文字にするとつまらなくなるのはなぜなのかを知ることだと思う。
 どうすればわかりやすくなるかいろいろと考えてみたが、麻雀でたとえてみたい。
 まず、世間一般で言われる『傑作』を役満の手だとする。

役満の例

緑一色(リューイーソー)


 緑のみで図柄が刻まれている牌だけで構成される

素材:フリー素材の来夢来人

 麻雀というのは基本的に、四人に13枚ずつ牌が配られ、配られた以外の牌を一人ずつ引いていって、役を作るというゲームである。牌は数種類あり、それぞれ数字や絵が書かれていて、種類ごとに同じ数字を揃えたり、同じ種類で数字を順番に並べると役がつく。

 配られた時点で役になっているという場合もあるが、普通は何度も牌を引いたり、相手から牌を取ったりして役を作っていく。つまり、役満の手というのは最初から用意されているものではなく、偶然とか駆け引きとかいろいろなものが結びついて形になったものである。
 小説も似たようなもので、作家の頭の中に小説の材料がごちゃごちゃと揃った時点で傑作が約束されるということはまずあり得ない。作家の経験や思考、能力、時代の流れ、運、編集者、出版社、宣伝など、いろいろなものが絡まり合い、傑作(と呼ばれる物)が出来上がる。
 では、小説家志望の頭の中にある大傑作イメージは麻雀で言うとなんなのかというと、実戦ではなく一人で牌を揃えて役満の手を並べた瞬間を切り取ったものなんだと思う。たとえば、リューイーソーなら、既にリーチになっていて、表になって見えている發を加えた前後のイメージという感じだ。堂々たるクライマックスシーンを思い描いて恍惚となってしまう。どういう経緯でそうなったかというものは点のようなものだけ。
 友達に伝える場合は、
「見て見て、俺、リューイーソー揃えちゃった、すごくね?」
 といった感じだろうか。
 しかし、リューイーソーを含めた役満の手が評価されるのは、実戦で揃えたということに対してであって、リューイーソーの牌の並び自体がすごいわけではない。自由に牌を取ってリューイーソーの形に並べて、それを大勢に見てもらっても誰もなんとも思わないだろう。友達に、自分が考えた傑作と信じて疑わない大まかなストーリーとクライマックスシーンを興奮気味に話しても、大抵、薄い反応しか返ってこないのはそのためだ。
 ただ、イメージを口にしている小説家志望本人が、別の小説家志望から同じようにイメージだけを熱く語られたら、そんなこと言われても、通して読んでみないとわからないよねと思うはずである。なぜ、他人から聞くとおかしさがわかるのに、自分で言う場合はわからないのか。おそらく、作者としての補正が効いてしまうからだろう。

 頭の中の大傑作を文字にするとつまらなくなるのも、麻雀で考えればわかりやすい。いくら、役満の手をイメージして進めていっても、そもそも配牌が狙っている手にまったく合わなかったり(キャラクター設定の失敗)、捨てる牌を間違えれば(構成の失敗)役満の手の出来損ないのようなノーテンの手が出来るだけだろう。配牌を無視して特定の役のみ狙えば上がれる確率は低くなる。
 また、イメージに自信がある小説家志望の人は、しばしば、プロの作家の作品に対して「俺だったらもっとうまく書ける」と口にする。大抵の場合、麻雀で言うとツモと打牌をだいぶ繰り返して、ある程度、牌が整った状況から引き継げば、である。その形まで持っていくという作業が抜けている。小説で言うと、中盤までのストーリーと、キャラクターの設定を引き継げばもっと面白く書けると言っているようなもので、そこを軽く考えて自分で一から書くと、当然、苦労することになる。

 リューイーソーに比べれば、簡単に作れるイーペーコー平和はちょっとかっこ悪い。まだ小説を書いたことはないという小説家志望からすれば、そういった地味な役を感じさせる小説を書いている作家は尊敬の対象にはならないかもしれない。しかし、実戦では、役満を狙ってテンパイにいくつも足りないようなノーテンよりは、イーペーコーで上がった方がはるかに評価される。どんなに配牌や流れが悪くても、駆け引きと知恵でなんとかテンパイまで持っていったり、役を作って上がる、その姿もまたプロだからだ。
 役満の手を作れないなら麻雀をやらないというのでは未来がない。まずは実戦を行う、テンパイまでは持っていく、安い手でもいいから上がる、そういったことを繰り返しているうちに、ある日ふと、役満を狙える配牌が来るのだと思う。

 というわけで、役満の手を作れないなら書かないと決めて、そのうちなにも書けなくなってしまったという人に対しては、まずは実戦で打ち切ってみるってだけでいいじゃんと言いたい。
 デビュー作である『わたしの彼はハムスター!?』を書いたとき、誉めてくれる人はごくわずか、それも私のことを知っているから誉めてくれているんだろうなという感じだった。あとは箸にも棒にもかからない、ボロクソ、糞味噌、失笑、苦笑、そんな言葉で表せる感想が多かった。
 近くにいた人からすれば、「俺は役満で上がると常々豪語していた人間が、いざ書いたらこれ?」的なものもあっただろう。
 でも、本は出版された。書ききって自信になった。国会図書館に納入された。中学生の女の子からファンレターをもらった。客観的に見れば、テンパイになっているかどうかも怪しいという出来なのかもしれないが、実戦に打って出て、一応、歴史に名を刻んだ。
 役満で上がることにこだわっていたら、役満でのみ上がる自分が本当の自分だと思い続けていたら、なにもないまま今日を迎えていただろう。

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昔、どこかのコンビニの前で、見た目ヤクザのような人が舎弟のヤンキーみたいな人に怒ってて、その内容が「日清さんが!日清さんがココまでお湯を入れて下さいって導いてくれとんのに完全に上回っとるやないかい!!」って舎弟がカップ麺のお湯を入れ過ぎた事に怒号してた光景が未だに忘れられない。

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Jan 27 2012

“disc(ディスク)”と“disk(ディスク)”は、発音は同じですが、技術的には明確な違いがあります。

Disc
“disc”は、オーディオ CD、CD-ROM、DVD-ROM、DVD-RAM、DVD ビデオディスクなどの光学式メディアを指します。“disc”には読み出し専用のもの (ROM) と、一度だけコンテンツを作成する(ファイルに書き込む)ことができるもの(複数回にわたる作成操作を行わない場合の CD-R や DVD-R など)と、消去して何度でも書き換えられるもの(CD-RW、DVD-RW、および DVD-RAM ディスクなど)があります。

“disc”はすべて取り外し可能です。つまり、デスクトップや「Finder」からマウント解除またはイジェクトすると、コンピュータから物理的に取り出すことができます。

Disk
“disk”は、磁気媒体を指します。たとえばフロッピーディスクやコンピュータのハードドライブのディスク、外部ハードドライブ、iPod もこれに相当します。“disk”は、意図的にロックやライトプロテクト(書き込み禁止)をしない限り、常に書き込み可能です。1 つの“disk”を簡単に複数の小さなボリュームに分割(パーティション設定)することもできます。

“disc”も“disk”も円形ですが、“disk”は通常は金属かプラスチックのケースで覆われています(多くの場合、“disk”とそれを囲んでいる構造のことを総称して「ハードドライブ」と呼んでいます)。

“disc”と“disk”の違い - アップルサポート (via onom) (via otsune) (via ichimonji) (via petapeta)
2009-03-05 (via gkojay)

“Apple”を添えるだけで印象が変化する

(via aso) (via yuco) (via mtsuyugu)

(via plasticdreams)

2010-03-03

(via gkojay) (via onehalf) (via shinoddddd) (via tiga) (via biikame) (via springdawn) (via himmelkei) (via rarihoma) (via wingknights) (via lemp3) (via xcix3) (via strangerxxx)

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「頭がよい」というのは単に、「とても多くの時間と汗を費やしたので、難なくやっているようにみえるまでになった」ということを言い換えているに過ぎないからです。

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たんぶらを見ていると、男の人が女の人を好きな程には女の人は男の人を好きじゃないかもという気がします。

Twitter / oharico

おい、母さん、ちょっとこれ額に入れといて

(via kml)

ちょっとこれ1000万回リブログ

(via gohnoh)

(via d-d-d, yellowblog)

(via mellowpx)

(via yksk) (via sixfeetunder) (via precall) (via 908908) (via appbank) (via wasara) (via ayuta)

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それでも疑り深い人は、「ハーバード大学の日本人留学生が、昔は20名もいたのに、今はたった1名」というデータを上げるのではないか。ワシントンポストがその出典だが、こちらは数字や論拠があいまいすぎる。
 
【1】まず、ハーバード大学への日本からの留学は、大学院が昔から圧倒的に多数であり、その人数は今でも100名を超えている。
【2】学部への入学は最盛期でも20名弱であり、現在3~4名と減少しているのは確かだが、1名という年はない。
【3】ハーバードは留学定員があり、そのため、韓国・中国・インドの留学生が激増した昨今は、日本人が割を食っている。
【4】 その玉突きか、昨今はイェール大学への日本人入学者が増え、今年は7名と過去最高となっている。

といった反証が挙げられている。このデータから言えば、「イェール大学への日本人留学生が過去最高!日本の若者は外向きだ」なんて記事だって書けてしまうのだ。

483 notes

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成績上位の生徒のでは、食事中にバラエティ番組をみない。これは半年に一回の面談で必ず親に確認してるから間違いない。この時間にちゃんと会話をしている。テレビ批判かというとそういうわけじゃなく、「コミュニケーションを大事にしてる」ってことだ。ただ構えばコミュニケーションになるわけじゃない。重要なのはタイミングとメッセージだ。

良い母親は子供の邪魔をしないことを前提に考えている、子供を優先して考えている。だから、子どもの前で家族の会話よりバラエティ番組を優先するようなアホなことはしない。

そもそも自分が一日中のんきにバラエティ番組とかワイドショーとか見ながら子供に「勉強しろ」とか真顔で言える神経を疑う。こういうダブスタを子どもに見せるのは厳禁である。大人同士ならお互いの事情を考慮してスルーしたりできるが、子供はスルーできない。こういう「うそつき」母親からは子供は必ず離れていく。

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Jan 24 2012
考えることは非常に素晴らしいのですが、考えることで「最初の一歩」が出せなくなることもあります。
人は何かを始めようとするときに、1%でも否を感じると動けなくなります。

例:あの人が好きだ!あの人に告白しよう!”でも、もし振られたら…”

これを漢字で表すと以下のようになります。

1.人のことを好きな感情を「知」った。
2.自分の目標を「覚」えた。(付き合うことが目標)
3.告白が上手くいくか「考」えた。
4.考えた結果、最初の一歩を踏み出せない。

これを下記のように変えるだけで、動きやすくなります。

1.人のことを好きな感情を「知」った。
2.自分の目標を「覚」えた。(付き合うことが目標)
3.目標を達成するために行「動」してみた。(告白)
4.行動した結果について「考」える。

「知」「覚」「動」「考」
とも かく うご こう

ともかくうごこう。

750 notes

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たまに「意識の高い学生ww」を見ていて残念だと思うのは、「意識の低い学生」や時にはオトナを見下すこと、賢いふりをしていて意外にデキないこと、「世の中変える」などと言いつつ結局、就活で目立つための取り組みに終わっていることなどです。

181 notes

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ウラジーミル・ナボーコフは、小説を読むときの感情移入を卑しい読み方だとしている。小学校の読書鑑賞文では、しょっちゅう「主人公の気持ちを考えましょう」とか「あなたならどうしますか、主人公になったつもりで考えましょう」あるいは「作者の意図はなんでしょうか」なんて課題が出る。でも、そんなのは小説の読み方としてはむしろ不純なのである、とナボーコフは語る。なぜかといえば、それはしょせん、お涙ちょうだいやお笑いの域を出るものではないからだ。なにやらカップルが引き裂かれてまた出会うような話をつくれば馬鹿な連中はすぐに「感動」とか口走る。女子供に(大したことない)苦労でもさせとけば、みんなすぐに涙を流す。くだらない。そんなものを求める連中は、別に小説でなくったっていいのだもの。

407 notes

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「中学生からの質問」

三日坊主が治りません。

例えば、勉強計画を作ってたんですけど

3日で終わってしまいます。

何をやっても3日で終わってしまうんです。

何かいい方法を教えてください。


「所ジョージ 顧問」

3日で終わっちゃうのは恵まれてるから。


勉強や練習はやらなくていいものなら

やりたくないよ誰でも。

中には好きだって人もいますけど、

大半の人はやりたくないんですよ。


でもやってる人いるじゃん。

そういう人はどういうふうに続けてるかといったら

いろんな人に感謝してるんだと思う。


今勉強をやってられる自分とか、

あと、親であったり、学校に行けてる自分とか。

いろんなことに感謝すると簡単には投げられない。


で、これ、当たり前だと思って、

恵まれてる事に気づいてないといくらでも投げられる。

当たり前だと思ってるから。


感謝して、これはみんなのおかげなんだと思うと

簡単には、飽きちゃっても投げられない。


学校に通えるのはなんのおかげかなと。

なぜ私はいつも食事ができるのだろうと。

なぜポケットにお金が入っているんだろう。

そこを、なぜ?なぜ?と、たくさん考えれば考えるほど

感謝できるような自分が育つ。

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